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今昔きもの美に 触れて・・・眺めて・・・着こなして・・・   あなた色のコンテンポラリーな着物ライフはじめてみませんか
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平成4年、ゴールデンウィーク前に主人の大腸がんが見つかりました

がん告知については、賛否両論分かれるところであるのは、今でも変わらないと思いますが・・・

主治医のお話と、彼の性格を考えると、私にはどうしても本当のことが告げられませんでした

そして、5年たって、完治のお墨付きを頂いたら、笑って彼に真実を告げることにしようと

それまでは、私の胸に仕舞っておこうと・・・彼への最初で最後の「うそ」

結果、4年後の再発を向かえ、このことを告げることになってしまったのですが・・・

その時、彼は、「はじめに言ってほしかった」と

私の中でその言葉が消えることはありません・・・一生背負っていく言葉です

来年は彼の13回忌

闘病のことや、その後のことはまだ今書くことが出来ません

いえ、記憶としてまったく残っていない部分も正直あるのですが・・・

もう少し時間がたって、その気になったら・・・

色々書き綴ってきましたが、ひとまずこの履歴はここまで・・・

またいつか・・・





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突然の師匠との別れから約半年後、「偲ぶ会」が開かれました

その時踊ったのが、長唄「賎機帯」という曲でした

この曲は、能の「隅田川」と「桜川」をつきまぜたような内容のもの

いとしいわが子を人買いに連れ去られ、その子を捜し歩いてはるばる京から関東まで来た狂女が、隅田川の川べりをさまよい歩き、水に流れる桜の花びらを、救い網ですくい狂う姿が面白いからと、渡し舟の舟長がからかって、それを躍らせますが、あとでは狂女の哀れな身の上を知って心を打たれ慰めるといった物語

能や歌舞伎にはいわゆる、"梅若丸伝説" から取材した、隅田川物としてたくさんあり、大きな系統さえ作っています

この曲の最後のほうで、「鞨鼓」 という胴の部分につけた鼓のようなものを打ちながらおどる所があるのですが、歌詞と相まって師匠の顔がはらはらと散る桜に見え涙あふれて・・・

別れの悲しみはいつの世も変わることなく、ましてや我が子、我妻ならなおのこと・・・

この半年後の春、主人のがんの告知を受けることになろうとは、よもや知る由もありませんでした


平成3年3月末、高学年になっていた年子の息子たちを連れ、我が家の恒例のスキー旅行に行っていた先で・・・

日舞の師匠の突然の訃報が届きました

その前の週、珍しく 「振り写し」(踊りの振りの手順を教えること) に何度も舞台に立ってくださり・・・

常磐津の大曲「将門」 の稽古の途中・・・将門が、戦いの様子を物語る場面・・・でとても大変な部分

後になってみれば、何かに取り付かれたような元気なお姿でした

師匠の晩年・・・

名取をとった私たちは、稽古が終わると、舞台の下で、晩酌に付き合い、あれこれと、芸談やらを聞かせてもらうのがとても楽しみでした

又、豊橋に帰った後の私は、時間にもゆとりが出来て、稽古の最初から最後までなるべくテープ番をさせていただいて師匠の芸を少しでも盗もうと

あるときは、近くの喫茶店へご一緒に

ほんの歩いて1,2分の距離の喫茶店に出かけるのですが、稽古着からさっと着替えて、いつもダンディーな洋服姿で

いつも靴もぴかぴかに磨いてあって、「先生って、本当におしゃれー!!!」 

私たちの反応にうれしそうにはにかんで・・・

「葬式には黒のきものでなく、華やかなきもので送ってくれ」

その言葉通り古いお弟子さんが、明るい色無地で参列してたのは印象的なシーン

お好きだった清元の音楽が流れる中・・・

満開の桜がはらはらと散る春の日のことでした











「暑さ、寒さも彼岸まで」 とはよく言ったもの

日が沈む頃のひんやりした風に、秋の深まりを実感すれば・・・

萩の花もこんなに見事に咲き始めました!

遠い日の秋・・・

小学校も高学年の頃になれば、、子供たちはそれぞれ、サッカーと少年野球にいつの間にか夢中・・・

土・日曜日はほとんど家にいることはなくなり、練習試合、大会にと、子供たちのお弁当作りと洗濯に勤しむ私のもうひとつのお仕事?は・・・

主人の喫茶店のモーニングに付き合うことでした

子供たちにも、「遅刻をしてもいいから朝ごはんを食べて行け」 という主人でしたから、朝ごはんを食べてから、モーニングコーヒーに行くのです

豊橋の喫茶店のモーニング・・・ご存知の方も多いでしょうが、日本でも有数の喫茶店乱立地帯ゆえ、いかにモーニングを充実させるかが、喫茶店の存亡に関わるほど・・・昔の話ですね!

とはいっても毎回ほとんど同じお店に行く私たちでしたが、トーストにゆで卵、サラダ、が普通についてコーヒーのお値段のみ

主婦でしたら、何も家でご飯食べてから行かなくても・・・と思いませんか?

でも、それは主人には通用しないこと・・・

朝、ゴルフの打ちっぱなしをしてくると、モーニングを食べてちょうどおなかが落ち着くようでした

そして喫茶店で漫画本を読みふけっている時間が、彼にとって、仕事からの解放の時間だったのでしょう

その影響からか?我が家はみな漫画好き・・・

いえ、実は私はといえば、中学時代、「漫画は害か益か」 と、先生とやりあった経験の持ち主であり・・・

日本の歴史、源氏物語、三国志、すべて、漫画のおかげで・・・

要は本人次第でしょう

そんな時間が今わけもなく懐かしく思い出されます

「実るほど、こうべを垂れる稲穂かな」











子育て10年の終わり頃・・・

ちょうど20年ほど前、結婚式には仲人が同席するのが当たり前の頃でした

主人は弱冠37歳で、会社の部下の頼まれ仲人をすることになりました

そこで必要になるのが黒留袖

流派の黒留袖は名取になった折に誂えましたが、それを着るのもちょっと・・・

主人の仕事のお役に立つなら、と張り切って?留袖選びにあちこちと

はてさて、いざ探してみると、なかなか自分の気に入るものと、お値段の合致を見るのが難しく・・・

これからも仲人の機会はたびたびあるであろうことも考慮すると尚のことで・・・

自己満足の域であることは承知ながら、そこが女心ですよね?!

何度か足を運ぶうち、呉服屋さんが出してくれたのがこの留袖

「紋違い」 で、キャンセルになったお品でした

今では家紋のことなど気にしないのが当たり前になってしまいましたが、当時は、紋が違えば大変で・・・

黒留めは普通染め紋ですから染め直すとなると、多少その痕跡が残りますので、縁起物ゆえ抵抗ある方は多いかと

でも、私にはそれほどの抵抗はなく、むしろこの柄がとても気に入ったので、即決しました

踊りの衣装等で紋付を借りれば、貼り紋が当たり前だと知っていたからかもしれませんが・・・

もちろんお値段もこのクラスのものとしては格安でしたから・・・

充実した会社生活を送る主人と、元気に遊ぶ息子たちの成長と重なり合うように、私の着物暦も少しずつコンテンツを増していきました








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